歯は一気に治せる?“まとめて治したい”が難しい理由と、正しく早く治すコツ

「3本、違う場所の虫歯を1回で治してほしい」―そんなことはできる?
今日来院された方が「3本、違う場所の虫歯を保険診療で1回で治してほしい」とおっしゃいました。
一見するとシンプルな希望のように思えますが、実はこのご要望、歯科治療の現場では意外と多く聞かれます。
「忙しくて何度も通えない」
「できれば1回で全部終わらせたい」
「保険でまとめて治せませんか?」
このように感じるのは自然なことです。歯科治療はどうしても通院回数が増える傾向にあるため、患者さんにとって“何本の歯を一度に治せるのか”は大きな関心ごとです。
しかし、実際のところ―
「何本まで治せるのか」には医学的・制度的な理由があるのです。
今回は、「虫歯を一気に治すことはできるのか」「1回で何本治せるのか」という疑問に、保険診療と自費診療の違いも含めて、分かりやすくお話しします。
なぜ1回で全部治せないの?

「1回で全部やってもらえたら早いのに」と思われる方は多いでしょう。
しかし、歯科治療は“やろうと思えばできる”というものではありません。
医学的な安全性、治療の精度、そして保険制度上のルールという3つの理由から、どうしても限界があります。
① 麻酔の範囲と安全性の問題
たとえば右上の奥歯と左下の奥歯を同時に治療する場合、
それぞれに麻酔が必要になります。
しかし、複数の部位を一度に麻酔すると、しびれる範囲が広くなりすぎるため、
治療後に頬や舌を噛んでしまったり、飲み込みづらくなる危険があります。
さらに、麻酔量にも安全基準があり、全身的な影響(血圧・脈拍・呼吸など)を考慮して投与量を制限する必要があります。
安全のためには、1回の治療で対応できる範囲を適切にコントロールすることが欠かせません。
② 治療の精度を保つため
虫歯治療は「削って詰める」だけではありません。
唾液のコントロール、光照射の時間、かみ合わせの調整など、
すべての工程に細かな精度が求められます。
しかし、長時間にわたって複数の部位を同時に治療すると、
唾液が混入しやすくなり、接着が弱くなったり、詰め物の適合が悪くなるリスクが高まります。
これは治療の寿命を縮める原因にもなります。
精密な治療を行うためには、1本1本に集中し、
「確実に治し切る」ことを優先するほうが、結果的に長持ちします。
③ 保険制度のルール
意外に知られていませんが、保険診療には1回の来院で行える処置内容や算定範囲が細かく決められています。
たとえば「同じ日に別のブロックを同時に治療する」といった場合、
算定できない・もしくは一部制限されるケースがあります。
つまり、「できない」のではなく、制度上“やってはいけない”と定められているのです。
このルールは、患者さんの安全と治療の質を守るために設けられています。
保険診療と自費診療の違い

虫歯治療や被せ物を行う場合、保険診療と自費診療の選択肢があります。
それぞれ特徴があり、治療の範囲や方法、材料、費用、通院回数などに影響します。
① 保険診療の特徴
- 費用が抑えられる
健康保険の範囲内で治療が可能なため、1本あたりの治療費は比較的低く抑えられます。 - 材料や治療方法に制限がある
銀歯やレジン(樹脂)など、保険で認められた材料しか使用できません。
また、1回の来院で行える治療範囲にも制限があります。 - 通院回数が増えることもある
精密な治療や複数ブロックの治療は、保険のルール上、段階的に行う必要があります。
② 自費診療の特徴
- 材料や治療方法の自由度が高い
セラミックなど、耐久性や審美性の高い材料を使用できます。
マイクロスコープや先進機器を活用した精密治療も選択可能です。 - 通院計画の自由度が高い
麻酔の範囲や同日の治療本数など、患者さんの希望に応じて柔軟に調整できます。 - 費用は高くなるが、長期的なメリットがある
耐久性や再治療の少なさを重視した治療が可能で、結果的に通院回数を抑えられることもあります。
③ まとめ
保険診療は費用を抑えつつ基本的な治療を行うのに適しています。
自費診療は材料・方法の自由度が高く、精密かつ長持ちする治療が可能です。
「何本を同日に治せるか」「どの材料を使うか」といった判断は、患者さんの希望・お口の状態・治療の優先度に応じて変わります。
だからこそ、最初の診査・診断で治療計画を立てることが重要です。
1回で治せる範囲とは?

では、実際にはどこまで同じ日に治療できるのでしょうか。
これは、「どの位置の歯を治療するか」と「どのような処置を行うか」によって異なります。
1つのブロック(象限)であれば、まとめて治せることもある
歯科では、口の中を4つのブロック(象限)に分けて考えます。
たとえば、
- 右上の奥歯〜前歯まで → 第1象限
- 左上 → 第2象限
- 左下 → 第3象限
- 右下 → 第4象限
というように分類されています。
このうち、同じブロック内の隣り合う歯であれば、
1回の麻酔でまとめて治療することが可能です。
たとえば、右上の奥歯2本や左下の前歯2本など、小さな虫歯の場合は、安全に、かつ治療精度を保ちながら処置できることがあります。
ブロックがまたがる場合は、現実的に難しい
しかし、「右上・左下・前歯」といったように、
離れたブロックに虫歯がある場合は、同時治療が現実的ではありません。
麻酔範囲が広がりすぎて安全性が確保できず、
また、治療中の体勢も何度も変えなければならないため、
唾液や血液のコントロールが難しくなり、治療精度が下がるためです。
特に保険診療の場合、各ブロックごとに段階的に治すことが前提となっており、
制度上も一度に多部位を行うことは想定されていません。
マイクロスコープによる精密治療では「1本に集中する」ほうが結果的に早い

マイクロスコープ(歯科用顕微鏡)を使った精密治療では、歯の内部構造を数十倍に拡大して行うため、
時間をかけて1本ずつ丁寧に処置する必要があります。
その結果、1本あたりの成功率が高まり、再治療のリスクを減らすことができます。
「まとめて早く」よりも、「正確に1本ずつ」の方が、
長期的には通院回数も少なくなることが多いのです。
むしろ“まとめて治す”ことのデメリット

一見すると、「まとめて治したほうが早く終わるし効率的」と思われるかもしれません。
しかし、歯科治療の場合は必ずしもそうとは限りません。
むしろ複数の歯を同時に治療することで、精度が下がったり、再治療につながるリスクがあります。
① 詰め物やかみ合わせの精度が落ちる
虫歯を削ったあとは、詰め物や被せ物で形を整えます。
このとき重要なのが「かみ合わせ」と「隣の歯との接触点」です。
複数の部位を同時に治療すると、
微妙なかみ合わせの高さや接触圧のズレを確認しづらくなり、
違和感が残ったり、咬耗や顎関節への負担が出ることがあります。
1本ずつ丁寧に調整することで、
「しっかり噛める」「詰め物が長持ちする」結果につながります。
② 神経の反応や痛みが判断しづらくなる
同時に複数の歯を治療すると、
どの歯の痛みなのか、麻酔後にどの歯がしみるのかといった
神経の反応の違いがわかりにくくなります。
結果的に、神経の炎症が進行しても発見が遅れたり、
「どの歯が原因なのか」が特定しにくくなるケースもあります。
1本ずつ治療することで、治癒反応や違和感の経過を正確に把握できます。
③ 長時間治療による身体的負担
複数部位の治療を一度に行うと、1時間以上かかることも珍しくありません。
長時間の開口(口を開けっぱなし)は顎や首に負担がかかり、
唾液や呼吸の管理も難しくなります。
特にご高齢の方や全身疾患をお持ちの方では、
疲労や誤嚥(ごえん)リスクが高まるため、
無理のない範囲で段階的に行うことが推奨されます。
④ 治療の“やり直し”が増える可能性も
「まとめて治したい」という思いからスピード重視で進めてしまうと、
治療後に痛みや不具合が出て再治療になるケースもあります。
再治療は、最初の治療よりも難易度が高く、
歯の寿命を縮める要因にもなります。
結局のところ、
“早く終わらせる”ことと、“しっかり治す”ことは必ずしも一致しません。
短期間で見れば時間の節約に思えても、
長期的に見ると、やり直しが増えて通院回数が多くなるケースもあるのです。
計画的に治すほうが結果的に早い

「できるだけ早く終わらせたい」という気持ちは、誰にとっても同じです。
しかし、実際には“計画的に少しずつ治していくほうが、結果的に早く・きれいに・長持ちする”ことが多いのです。
1本の虫歯を治す際には、咬み合わせ・隣の歯との接触・歯ぐきの状態など、複数の要素を確認しながら進めます。
たとえば、同じ日に上下左右バラバラの歯を削ると、麻酔が広範囲に必要になったり、咬み合わせの微調整が難しくなったりします。
結果として、「一度にたくさん治したのに、再調整や再診が必要になる」というケースも少なくありません。
一方で、診断と治療計画を立てて順番に進めていくと、
- 麻酔の範囲を最小限にできる
- 治した歯の状態を確認しながら次の治療に進める
- 口の中全体のバランスを整えやすい
など、多くのメリットがあります。
さらに、治療の優先順位を正しくつけることで、「急ぐ必要がある歯」と「経過を見ながら治す歯」を分けられます。
これにより、限られた時間のなかでも効率的に治療を進めることが可能になります。
一人ひとりに合った「最短で、確実に治す」治療計画を

虫歯や歯ぐきの状態、噛み合わせ、生活スタイルは人それぞれ異なります。
だからこそ、「何本をどういう順番で治すのが最も効率的か」は、患者さん一人ひとりに合わせて考える必要があります。
▶品川区武蔵小山の歯医者|グランティース武蔵小山歯科では、最初の診査・診断の段階でお口全体を確認し、
「どの歯を優先して治すべきか」
「どこまで1回で進められるか」
「今後の通院回数や目安」
を丁寧にご説明しています。
限られた通院時間の中でも、無理のない範囲で最大限の効果を得られるよう、保険・自費を問わず柔軟に治療計画を立てています。
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